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幸國寺縁起

幸國寺(こうこくじ)の創設

 幸國寺は寛永(かんえい)7年開山されました。寛永7年(1630)は剣豪宮本武蔵(1584〜1645)が活躍した時代で、「天下分け目の戦い」と知られる「関が原の合戦」から30年、刀や槍を振りまわしていた戦乱の余韻がまだまだ残っている不安定な社会で、多くの民衆は恐怖におののきながら生活をしていた時代でした。
 こんな時代に当山の開基壇越(一番最初の檀家)加藤清正公は、荒んだ時代をうれい「国の平安」、「太平の世」になることを願い「幸せな国を目指す寺(幸國寺)」の創建を発願され、その意を受けた日蓮宗の僧侶、中明院日観上人により寛永7年開山されました。この清正公の想いを胸に幸國寺檀信徒各家のご先祖をはじめ幾多の先人たちの手により、代々引き継がれ守られて現在に至っております。
 しかし、長い年月の間には江戸の大火に2回、そして太平洋戦争の戦災、合計3回建物を消失しています。その昔は、絵にありますとおり「江戸十祖師 除厄布引祖師」として幟が立ち、記録には「安産ノ守リトシテ腹帯ヲ施布セリ」とあります。「御府内備考」という記録には7間四面の本堂を中心とする建物と4間四面の祖師堂が記録されています。また、文久2年の記録には本堂を中心とする建物は150坪あり、他に祖師堂、土蔵、門番所等が記載されています。